私たちが利用している製品やサービスが、安全で使いやすく、世界中で同じように動作するのは、標準化団体が「共通のルール」となる規格を整えているからです。国際的な団体が作る規格を日本の規格に取り込んだり、企業のマネジメントのやり方を定める規格を導入したりすることで、品質や安全、信頼性が確保されています。ここでは、代表的な標準化団体と、身近なマネジメントシステム規格について整理して解説します。
1. 世界と日本の代表的な標準化団体

この章では、標準化をリードしている国際団体と、日本国内の標準化を担う代表的な団体を紹介します。どの団体がどの分野の規格を担当しているかをざっくり理解しておくと、規格名を見たときにイメージがしやすくなります。
ISO(International Organization for Standardization:国際標準化機構)
ISOは、もっとも有名な国際標準化団体の一つで、製品のサイズや試験方法、マネジメントシステム、セキュリティなど、非常に広い分野の国際規格を制定しています。ISOの規格は世界共通のルールとして扱われることが多く、企業が海外ビジネスを行う際の「共通言語」の役割も果たしています。
規格番号の前に「ISO」と付いているものは、この団体が作った国際規格です。後ほど紹介するISO 9000やISO 14000、ISO 26000なども、その代表例です。
IEC(International Electrotechnical Commission:国際電気標準会議)
IECは、電気・電子分野に特化した国際標準化団体です。電気製品の安全性、電圧やプラグの仕様、通信機器の試験方法など、電気・電子技術に関する多くの規格を担当しています。
ISOが幅広い分野をカバーしているのに対し、IECは電気・電子の専門家が集まり、技術的な標準を細かく作り込んでいる点が特徴です。情報セキュリティ分野の「ISO/IEC 27000」のように、ISOとIECが共同で作る規格もあります。
IEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers)
IEEEは、技術者の学会としてスタートした組織ですが、現在ではネットワークや通信、電子回路などの分野で多くの規格を作成している団体としても知られています。無線LANの規格であるIEEE 802.11シリーズなどは、その代表例です。
IEEEの規格は、主にIT・通信分野の技術仕様として利用されており、製品同士の相互接続性を確保するうえで重要な役割を果たしています。
W3C(World Wide Web Consortium)
W3Cは、Webの技術仕様を標準化している団体です。HTMLやCSS、XMLなど、WebページやWebアプリケーションを作るうえで欠かせない技術の多くは、W3Cによって仕様が定められています。
W3Cの標準があるおかげで、異なるブラウザでも同じようにWebページが表示されるようになり、Webのオープンで公平な発展が支えられています。
JIS(Japanese Industrial Standards)
JISは「日本工業規格」のことで、日本国内における代表的な標準規格です。ねじの寸法や紙のサイズ、電気製品の安全基準、マネジメントシステムなど、多くの分野をカバーしています。
国際規格であるISOやIECの内容をJISとして取り込むことも多く、日本企業はJISに従うことで、国内だけでなく国際的な標準とも整合した活動がしやすくなります。後ほど紹介する「JIS Q 31000」や「JIS Q 38500」は、マネジメント分野のJIS規格です。
2. 企業活動を支えるマネジメントシステム規格

この章では、企業の組織運営や管理の仕組みを整えるための「マネジメントシステム規格」を中心に紹介します。これらの規格は、単なるチェックリストではなく、「組織のマネジメントをどのような仕組みで回すか」を示した共通ルールです。
ISO 9000(品質マネジメントシステム)
ISO 9000は、品質マネジメントシステム(QMS)に関する国際規格のシリーズを指します。顧客の要求を満たし、安定した品質の製品やサービスを提供するために、組織としてどのような仕組みを整えるべきかを示しています。
実務では、認証の対象となるISO 9001がよく知られていますが、その基本的な考え方や用語をまとめた規格群が「ISO 9000シリーズ」です。品質を継続的に改善していく「PDCAサイクル」を重視している点が特徴です。
ISO 14000(環境マネジメントシステム)
ISO 14000は、環境マネジメントシステム(EMS)に関する規格群です。企業が環境負荷を把握し、汚染の防止や省エネ、資源の有効利用などに取り組むための仕組みづくりを支援します。
こちらも、実務ではISO 14001が認証の対象となることが多いですが、全体として環境方針の策定から目標管理、法令順守、継続的改善までを一貫して管理する枠組みを提供しています。
ISO/IEC 27000(情報セキュリティマネジメントシステム)
ISO/IEC 27000シリーズは、情報セキュリティマネジメントシステム(ISMS)に関する規格群です。情報の機密性・完全性・可用性を守るために、リスクを分析し、適切な管理策を講じる仕組みを規定しています。
認証の対象としてはISO/IEC 27001が有名ですが、シリーズ全体で用語や概念、ベストプラクティスなどが整理されています。個人情報や機密情報を扱う企業にとって、これらの規格は信頼性を示す重要な指標となっています。
JIS Q 31000(リスクマネジメント)
JIS Q 31000は、リスクマネジメントに関する指針を示す規格です。国際規格ISO 31000を日本語化したもので、組織が直面するさまざまなリスクを体系的に把握・評価し、対応していくための原則と枠組みを示しています。
ここでいうリスクは、事故や災害だけでなく、事業の失敗や法令違反、評判の低下など、組織の目的達成を妨げる可能性全般を含みます。JIS Q 31000を参考にすることで、リスクへの対応を場当たりではなく、組織的・継続的に行えるようになります。
JIS Q 38500(ITガバナンス)
JIS Q 38500は、ITガバナンスに関する指針を示す規格です。国際規格ISO/IEC 38500をベースにしており、経営層がITをどのように監督・統制すべきかという観点で、原則と良い実践例をまとめています。
IT投資が組織の戦略や目標ときちんと整合しているか、リスクやコンプライアンスに配慮されているか、といった点をチェックするのに役立ちます。単に「システム部門の話」ではなく、経営の責任としてITを管理するという考え方が、JIS Q 38500の重要なポイントです。
3. 社会的責任と人的資本に関する規格

この章では、企業の社会的責任や人的資本(人材に関する情報)といった、やや新しいテーマに関する規格を紹介します。近年、企業には利益だけでなく、社会やステークホルダーへの責任がより強く求められるようになっており、それを支えるのも標準化の役割です。
ISO 26000(社会的責任に関する手引)
ISO 26000は、組織の社会的責任(SR:Social Responsibility)に関する国際規格です。他のマネジメントシステム規格とは異なり、認証取得を目的としたものではなく、「手引(ガイダンス)」として位置づけられています。
人権、労働慣行、環境、公正な事業慣行、消費者課題、コミュニティへの参画など、組織が社会的責任を果たすうえで考慮すべきテーマが整理されています。企業はISO 26000を参考にしながら、自社のCSRやサステナビリティの取り組みを計画・実行していくことができます。
ISO 30414(内部及び外部人的資本報告の指針)
ISO 30414は、人的資本に関する情報開示の指針を示す規格です。人的資本とは、従業員のスキルや経験、モチベーションなど、組織にとって重要な価値を持つ「人」に関する資本を指します。
この規格では、離職率や教育訓練への投資、労働安全、ダイバーシティなど、人的資本に関する指標の例が示されており、企業が投資家やステークホルダーに対して、どのような観点で情報を開示するべきかのガイドラインとなっています。人的資本への取り組みを見える化することで、組織の長期的な価値を適切に評価してもらうことが期待されています。
まとめ
この記事では、標準化団体と規格について、国際団体・国内団体と、代表的なマネジメントシステム規格を紹介しました。
ISO、IEC、IEEE、W3Cのような国際団体は、世界共通で通用する技術・マネジメントのルールを定めています。JISは、その国際規格を取り込みつつ、日本としての標準を整備する役割を担っています。
また、ISO 9000やISO 14000、ISO/IEC 27000、JIS Q 31000、JIS Q 38500といったマネジメントシステム規格は、品質、環境、情報セキュリティ、リスク、ITガバナンスなど、企業活動の重要分野を体系的に管理するための枠組みを提供します。さらに、ISO 26000やISO 30414は、社会的責任や人的資本といった新しいテーマについて、組織がどのように取り組み、情報を開示すべきかの指針を示しています。
標準化団体と規格は、一見すると記号のような「ISO番号の羅列」に見えますが、その中身は、企業や社会がより安全で信頼性の高い活動を行うための共通ルールです。それぞれの団体や規格のおおまかな役割をつかんでおくと、実務や学習の場面で理解がぐっと深まりやすくなります。


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